災害時は、日常で取り組んでいなかったことはできない

医薬品サプライチェーンに必要な「使える引き出し」

「災害時は、日常で取り組んでいなかったことはできない。何かあったときのため、どのような引き出しを持っておくかが大切だ」

日刊薬業に掲載された、東邦ホールディングスの医薬品物流に関する記事の中で、私が最も心に残った言葉です。

東邦ホールディングスでは、災害などによって通常の輸送手段が使えなくなった場合に備え、新幹線や自動運転トラックを活用した医薬品輸送の実証を進めています。

今年1月には、インスリン製剤を東京都内の物流センターから広島まで新幹線で輸送。温度逸脱や製品の破損がなく、輸送できることを実際に確認しています。

注目したいのは、新幹線で医薬品を運んだという目新しさだけではありません。

災害が起きてから代替手段を探すのではなく、平時に実際に動かし、問題なく使えることを確かめている点です。

私が地域の防災訓練で大切にしていること

私は、住んでいる地域で防災部長を務めています。

ここ数年、防災訓練で意識して取り入れているのが、地域住民の皆さんに「実際にやってもらう」ことです。

例えば、

  • 避難所を地域住民で設営してみる
  • 避難所に備えられている非常用電源設備を動かしてみる
  • 災害時にも使用できる水栓から、実際に水を出してみる
  • 災害用トイレの凝固剤を使い、使い方や課題を共有する

といった訓練です。

設備があることと、災害時に使えることは同じではありません。

非常用電源があっても、動かし方を知る人がいなければ使えません。凝固剤を備蓄していても、使い方や使用後の処理を経験していなければ、混乱が生じる可能性があります。

避難所の設営も、マニュアルを読んだだけでは、必要な人数や時間、起こり得る課題までは分かりません。

実際にやってみることで、初めて見えてくるものがあります。

東邦ホールディングスの取り組みと、地域の防災訓練。規模も対象も異なりますが、根底にある考え方は同じです。

緊急時に使うものほど、平時に一度動かしておく。

これが、災害時に開けられる「引き出し」になります。

医薬品サプライチェーンにも同じことが言える

この考え方は、医薬品関連ビジネスに携わる方にとっても重要です。

医薬品は、人の命に関わります。

代替サプライヤーや代替輸送ルートをBCPに記載していても、それだけで安定供給が実現するわけではありません。

  • 代替サプライヤーは、必要な数量を供給できるのか
  • 緊急時にも連絡が取れるのか
  • 別の輸送ルートで品質を維持できるのか
  • 必要な在庫は、実際にどこにあるのか
  • 問題が起きたとき、誰が判断して動くのか
  • 社内外の関係者と情報を共有できるのか

こうしたことは、計画書を作るだけでは確認できません。

小さな範囲でも実際に動かし、問題点を見つけ、修正しておく。その積み重ねによって、BCPは「書類」から「使える仕組み」へと変わっていきます。

「問題ありません」と伝えられることにも価値がある

医薬品の安定供給というと、必要な医薬品を切らさず届けることに目が向きます。

もちろん、それが最も重要です。

しかし、もう一つ大切な役割があります。

それは、医療従事者に安心を届けることです。

供給状況や輸送体制を確認したうえで、

「現在のところ、供給に問題はありません」
「代替手段を確保しています」
「有事の際にも、この方法で対応できます」

と根拠を持って伝えることができれば、医療従事者は供給への不安に追われることなく、患者さんの治療や本来の業務に注力できます。

医薬品そのものだけでなく、安心も届ける。

その安心は、平時の準備と実践から生まれます。

災害時は、日常で取り組んでいなかったことはできません。

だからこそ、何も起きていない今、実際に動かしてみる。

一つずつ使える引き出しを増やし、人の命を支える医薬品と安心を届けていきたいと思います。