ドイツと中国Hengruiの事例から考えるジェネリック医薬品の安定供給
医薬品の供給不安は、ある日突然、工場が止まることから始まるとは限りません。
その前に採算が悪化し、設備投資が見送られ、人材や生産能力が、より収益性の高い製品へと移っていく。表面上は供給が続いていても、その内側では、安定供給を支える力が少しずつ失われていることがあります。
最近のドイツと中国の動きを見ると、これは日本だけの問題ではなく、世界の医薬品市場に共通する課題であることが見えてきます。
ドイツで示された「価格」と「投資」の関係
ドイツ政府は、医療保険財政の悪化を背景に、医薬品に対するメーカー負担の拡大など、医療費を抑制するための施策を検討してきました。
これに対し、製薬企業からは、価格抑制が研究開発や製造投資を減少させるとの懸念が相次ぎました。
Eli Lillyはドイツで予定していた投資の縮小を表明し、Boehringer Ingelheimも大型投資の計画を撤回しました。Rocheも、すでに決定している投資は継続する一方で、今後の投資については慎重に検討する姿勢を示しています。
このドイツの議論は、主として新薬や特許医薬品をめぐるものであり、ジェネリック医薬品の供給問題そのものではありません。
しかし、ここから読み取れる構造には共通するものがあります。
医薬品の価格政策は、企業の利益だけでなく、どの国に、どの製品に、どれだけの設備と人材を振り向けるかという経営判断にも影響します。
価格を抑える政策が続けば、企業はその市場での投資に慎重になり、より収益性の高い国や製品へ経営資源を移します。それは、将来の製造能力や供給余力にも影響する可能性があります。
中国Hengruiが縮小するジェネリック事業
より直接的にジェネリック医薬品への影響が表れているのが、中国のJiangsu Hengrui Pharmaceuticalsです。
Hengruiの2026年上期のジェネリック医薬品売上は、中国政府による集中購買と薬価引下げの影響を受け、前年同期比16.07%減の51億元となりました。同社はジェネリック分野への投資を計画的に縮小しています。
一方、革新的医薬品の売上は16.38%増の88億元となり、医薬品売上の63%を超えました。
この数字が示しているのは、単なる売上の増減だけではありません。
企業の中で、経営資源の重心が、ジェネリック医薬品から、より収益性の高い革新的医薬品へと移っていることを示しています。
製造設備、研究開発費、人材、そして経営層の関心も、今後の成長が期待できる分野へ向かいます。
工場に製造能力が残っていたとしても、ジェネリック医薬品がこれまでと同じように優先され、将来にわたって製造され続けるとは限りません。
世界で共通する「低価格の先にある問題」
ドイツと中国では、制度も市場環境も異なります。
それでも共通しているのは、価格を抑える政策が企業の投資判断や製品戦略に影響を与えるということです。
ジェネリック医薬品では、この影響が特に深刻になりやすいと考えます。
もともとの販売価格が低い一方で、原材料費、エネルギー費、人件費、品質管理費、設備維持費などは上昇しています。しかし、医薬品は一般の商品と違い、コスト上昇分を簡単に販売価格へ転嫁することができません。
採算性の低下が続けば、次のような流れが生じる可能性があります。
採算悪化
↓
設備投資の抑制
↓
生産余力の低下
↓
高収益品との設備競合
↓
製品撤退や供給能力の縮小
↓
残った企業への需要集中
↓
供給不安の拡大
価格を下げることで、短期的には医療費を抑えられるかもしれません。
しかし、その結果として供給者が減り、生産余力が失われれば、長期的には医薬品のサプライチェーンを脆弱にする可能性があります。
日本では危機的な状況が少し緩和された
日本でも、長年にわたる薬価の引下げや製造コストの上昇により、ジェネリック医薬品を中心に多くの品目で採算性が課題となってきました。
これに対して、近年の薬価改定では、不採算品再算定が臨時・特例的に幅広く適用されました。
製造継続が難しくなっている品目の薬価を引き上げ、安定供給を下支えするための措置です。
供給現場を見ていると、私は一時の危機的な状況からは、少しずつ緩和されてきたように感じています。
ただし、その変化を不採算品再算定だけの効果と断定することはできません。各社による増産や設備投資、供給体制の見直しなど、複数の取り組みが重なった結果として捉える必要があります。
一方で、日本全体の供給不安が解消したわけではありません。
生産設備の不足、人材確保、品質問題、他社製品の供給停止による需要集中、原薬・原材料の調達難など、複数の課題が残っています。
不採算品再算定は、安定供給を支える重要な政策の一つです。しかし、それだけですべての問題を解決できるわけではありません。
海外の価格政策が日本の原薬調達にも波及する
ドイツや中国の出来事は、遠い海外市場の話に見えるかもしれません。
しかし、海外で起きた価格政策や製品ポートフォリオの変化が、日本向け原薬の供給にも波及する可能性があります。
例えば、中国の製薬企業がジェネリック医薬品事業を縮小すれば、関連する原薬や中間体の需要構造も変わります。
原薬メーカーにおいても、採算性の低い古い原薬や、日本向けの数量が少ない原薬について、設備投資や生産の優先順位が下がる可能性があります。
日本向け原薬と、欧米向けの高収益製品が同じ設備で製造されていれば、供給が逼迫したときに、日本向けの生産が後回しになることも考えられます。
現在、問題なく購入できていることと、将来も安定して購入できることは同じではありません。
こうした変化は、ある日突然、供給停止という形で現れるのではなく、その前にいくつかの兆候を見せます。
例えば、
・見積価格の上昇
・最低発注数量の引上げ
・納期の長期化
・製造頻度の減少
・製造時期の指定
・長期契約の要求
・設備変更や製造所移管の提案
・少量品目に対する供給者の対応低下
といった変化です。
これらを単なる商取引上の変化として見るのではなく、供給者の事業戦略や製品の優先順位が変わり始めた兆候として捉える必要があります。
原薬サプライヤーの「製造継続意思」を見る
原薬サプライヤーを評価するとき、「現在、その原薬を製造できるか」だけを確認しても十分ではありません。
今後は、次のような視点も必要になります。
・その原薬を今後も作り続ける意思があるか
・供給者にとって十分な採算が確保されているか
・当該原薬の販売数量は増えているか、減っているか
・高付加価値品と製造設備が競合していないか
・今後、その設備への投資計画があるか
・供給逼迫時にも日本向け生産枠を確保できるか
・供給者の事業戦略において、日本市場がどの程度重要か
品質監査では、GMPへの適合性や品質管理体制を確認します。
しかし、GMPに適合していることと、その原薬を経済的かつ継続的に供給できることは別の問題です。
品質上は優れた供給者であっても、当該原薬の採算性が低く、日本向け数量も少なければ、将来の供給継続性には不安が残ります。
「作れるか」から「作り続けられるか」へ
原薬サプライチェーンのリスクというと、品質問題、地政学リスク、物流の混乱、特定国への依存などが注目されます。
しかし、もう一つ見落としてはならないのが、経済的な持続可能性です。
工場があり、設備が動き、GMPに適合していても、採算が取れなければ供給は長く続きません。
供給者が撤退を決めてから代替原薬を探し始めても、品質評価や製剤評価、承認手続きなどには長い時間がかかります。
だからこそ、原薬調達では、
「この供給者は作れるか」
だけでなく、
「5年後も、この原薬を作り続けてくれるか」
まで見ておく必要があります。
ドイツ、中国、そして日本。それぞれの事例は、薬価制度と医薬品サプライチェーンが切り離せないことを示しています。
医薬品の価格は、単なる金額ではありません。
その先にある設備、人材、供給余力、そして患者さんへ薬を届け続ける力を支えるものでもあるのです。











