備えることの価値~南三陸を訪れて思ったことから~

今日は東日本大震災から15年。

あの日、私は大阪のビルの9階で仕事をしていました。
とても長く、大きな揺れを感じました。

その後に伝わってきた津波の映像、原発事故のニュース。
昨日まで当たり前に存在していたものが、一瞬で奪われていく光景でした。

私は昨年の夏、宮城県の南三陸町を訪れました。

新しく整備された公園はとても広く、海はずっと遠くにありました。
町の整備は進み、復興は確実に進んでいると感じました。

しかし、その遠くに見える海を眺めると、
この町がどれほど大きな津波に襲われたのかを想像せずにはいられませんでした。

そして、南三陸町の防災対策庁舎。
残された鉄骨は、恐ろしいほどに曲がっていました。
その姿は、津波の力の大きさを静かに物語っていました。

あの震災から15年が経った今、
改めて思うことがあります。

それは
「備えることの価値」です。

災害はいつ起きるかわかりません。
そして一度起きれば、社会の仕組みは簡単に止まってしまいます。

人の命、住まい、生活。

普段は当たり前に存在しているものほど、
止まったときにその重要さに気づきます。

私の仕事は、医薬品のサプライチェーンに関する
「リスクの可視化」を軸にしています。

正直に言えば、
この分野は普段、その価値が見えにくい領域です。

何も起きなければ、
「やらなくてもよかった」と思われることさえあります。

しかし、有事が起きたとき、
備えていた仕組みがあるかどうかで
被害や影響の大きさは大きく変わります。

その価値は、
もしかするとその時になって初めて気づくものなのかもしれません。

東日本大震災から15年。

時間が経つにつれて、出来事は少しずつ遠くなっていきます。
しかし、「備える」という考え方は、これからも社会の中で生き続けていくべきものだと思います。

それは、あなた自身のために。
そして、あなたの周りにいる人のために。

あなたの働く場所を守るために。